M様邸の思い出
設計部の上本です。
この2月は、立春を過ぎてから寒波が来て熊本もとても寒かったですね。
節分、立春の時期になると思い出すことがあります。
私が冨坂建設に入社してコンクリート住宅の設計に携わり、初めて1人で設計を担当したM様邸というお住まいのことです。
お客様の年まわりの関係で立春を待っての着工を計画し、地鎮祭を行いました。
M様邸はご夫婦の老後のお住まいで、奥様はインテリアや家具にこだわりを持っておられ、外観はコンクリートでモダンに、室内は木の温かみが感じられるナチュラルで優しい空間にしたいというお考えでした。
立春に着工し、工事は順調に進み夏を越えて寒くなりはじめる頃に竣工、完成内覧会をさせていただいたと記憶しています。
寡黙でお優しいご主人と明るくて楽しい奥様、最初から最後まで和やかに打合せが進み、お住まいの出来栄えにも大変ご満足いただきました。
ところが、工事の終盤だったか、お引渡し後だったかに奥様に思いがけないお言葉をいただき、今でも私の心に残り、また宝物になっています。
当時は弊社のコンクリート住宅はMOLSの前身のキャッスルホームというブランドでしたが、営業、設計、工事の各担当者が協力してご提案からご契約、着工そして竣工、お引渡しまで進める体制は現在と同じです。
M様邸は、営業担当者はベテランでしたが、設計担当の私は新築のコンクリート住宅を一人で担当するのが初めて、また工事担当者は私よりは経験が長いものの年齢は私より若い監督でした。
一生もののコンクリート住宅、そして最後の家を任せる技術者が若く経験が浅そうであることは、M様にとってとても不安だっただろうと今では理解できますが、当時の私は自分が一生懸命なばかりで無頓着だったように思います。
奥様から
「正直なところ、あなたも現場監督も若くて、大丈夫かなってとっても心配だったのよ。
でもね、私の娘もあなたより少し若くて県外に就職したばかり。
きっと右も左もわからない中、まわりの人に支えられて一生懸命頑張っていると思う。
あなたたちを見ているとそんな娘の姿と重なるから、きついことは言わずにゆっくり成長を見守ろうと思って過ごしてきたの。」
お言葉はうろ覚えですが、このような趣旨のお話でした。
お客様をそれほど不安な気持ちにさせてしまっていたことへの申し訳なさとともに、ご夫婦の温かく、大きなお気持ちに触れ、これからもお客様の笑顔のためにがんばっていこうと思う契機となりました。
奥様が「建ててそれで終わりって縁が切れるのではなくて、時々遊びに来て!」と言って下さったので、程なくして私が結婚し休職している間も子供を連れてお会いしに寄らせていただいておりました。
その後、私が会社に復帰してしばらくして奥様の訃報を知り、すぐにご主人をお訪ねしました。
奥様はこの家を本当に気に入っていた、建ててよかった、趣味やご友人とのおつき合いをまだまだ楽しむ予定だったのに本当に残念というお話を聞いて、私ももうあの明るいチャキチャキとした奥様にお会いすることができないのが悲しくてたまりませんでした。
立春が近づくと地鎮祭で奥様に頂いた「鬼やらい」という節分のお菓子を思い出し、四季折々の暮らしを楽しんでおられたM様ご夫妻、いつも私を気遣って下さった奥様の深い思いやりと優しさに思いを馳せます。
一生ものの大切なお住まいの設計、施工を任されているという責任と誇り、M様に教えていただいたことを心に留めこれからも真摯に設計に取り組んでいきたいと思います。